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『周防大島民俗聞書き』第1集(宮本常一記念館調査研究報告第1冊)の刊行
活動報告|2026年4月3日|板垣優河
このたび、宮本常一記念館では『宮本常一記念館調査研究報告』の刊行を始めました。本シリーズは、周防大島の歴史や文化、また宮本常一に関する調査研究の成果を報告し、館の内外で情報の共有と継承を図ろうとするものです。
当館が地域に根差した社会教育施設として教育普及活動に取り組むには、まず地域の資源を総合的に把握するための調査研究が不可欠です。そこで、この第1冊では「周防大島民俗聞書き 第1集」として、令和5年度から令和7年度にかけて行った民俗調査の記録の一部を掲載しました。
具体的には、内入・沖家室・佐連・外入・浮島・秋・横見・西三蒲・西屋代を調査地として、80~90代のお年寄りの方から長期継続的にお話を聞き、地域の伝統的な生産活動や暮らしの全般を理解するための基礎資料というべきものを作成しました。その際に筆者が意識した課題は大きく分けて三つあります。
一つ目は、周防大島の伝統的な農業・漁業・諸職等の生産活動、及びそれらを取り巻く衣・食・住生活に関する目の詰まった記録の作成です。周防大島は自然地理の上からも、歴史的行政区分の上からも、「大島郡」という比較的まとまった地域社会を形成しており、そのなかで様々な生産活動が営まれてきました。それらを個別具体的に記録することは、島という生活環境、及びそこで培われてきた生活文化の総体と相貌を見定めるうえで欠くことのできない作業です。しかしながら、島での生産・生活の様式は昭和30年代を境として大きく変容しています。それ以前の様式について体験者から直接話を聞けるのは、今をおいてほかにありません。特に山間部での棚田稲作、自給的要素の強い芋麦栽培、機械化される前の漁業習俗、造船所や瓦場、鍛冶屋等の職工技術については、早急に記録を作成する必要があります。
二つ目は、周防大島の近現代を生活者の視点から描き出すことです。アジア・太平洋戦争の終結から80年以上が経過し、戦争体験の語り継ぎが難しくなってきています。それだけでなく、世代間のギャップも拡大しています。筆者の感覚としては、昭和22年の学制改革により義務教育化された小中学校に通うことができた世代と、そうでない世代とでは、幼少期の過ごし方に物心両面で大きな差があり、それがその後の生き方や考え方にも影響を及ぼしているように見えます。戦争に惹起された大きな社会的変動のなかで、周防大島の人々がどのように考え、行動していたのかを知ることは、周防大島、ひいては日本の近代そのものを描き出すことにも繋がります。個人が認識していた生活世界や取り組んできた生活実践に耳を傾け、日本の近現代史を理解するためのオーラル・ヒストリ―として記録することが求められています。
三つ目は、宮本常一記念館ならではの教育普及活動への橋渡しをすることです。当館では宮本が遺した文書・蔵書・写真等を「宮本常一関係資料」と総称して保管・展示しています。このうち文書資料には宮本が周防大島の各地を訪ねて作成した聞書きがあります。写真資料には宮本が昭和30~55年頃に周防大島で撮影した写真が5,000枚以上あり、地域の集落景観や衣食住、生業、交通状態などを知る、あるいは思い出すための格好の材料となっています。蔵書資料には周防大島に関する文献や宮本自身の著作が多数あり、民俗学の参考資料として重要です。
さらに、宮本の意志を反映して集められた膨大な民具資料があります。現在当館では町内各地で分散保管している民具の内容把握と一元的な管理をなすための整理作業に取り組んでいます。しかし、残念なことに、対象民具の名称・製作技術・使用方法等の付加情報は欠落していたり断片的であったりします。そうした問題を越えて資料を適切に整理し、有効に活用するには、失われた情報を聞取りという手法によって補っていかなければなりません。また、聞取りが可能な条件の下で新たに民具を収集し、それを基準にして整理や活用の方法を模索することも必要です。
以上のような観点から筆者は周防大島の各地でフィールドワークに取り組んできました。そのなかで筆者が感じたことは、島には学問を育てる土壌がとても豊かだということです。宮本常一が遺した資料や旧町単位で集められた膨大な量の民具など、物質的な側面はもちろんですが、それだけでなく、地域に伝承された知識や自らの生活実践を積極的に語り継ごうとする気風が強いとも感じています。それは、地域に対する誇りや愛着、また自らが歩んできた人生に対する自信からくるものだと思います。
改めて、一人一人が持つ体験や伝承が厚く貴いものであることを確認できた調査でした。至らなかったところもありますが、それでもこれだけの量の聞書きを蓄積できたこと自体が、この島の地域的な個性や潜在的な可能性を示しているように思います。筆者としては、あくまでも学術的な調査研究に立脚して島の魅力を可視化していきたいと考えているところです。次年度は、本報告の続編として「周防大島民俗聞書き 第2集」の刊行を予定しています。
最後になりましたが、本報告を作成するにあたり、話者となって筆者にたくさんのことを教えてくださった皆様に心より感謝申し上げます。本報告が学問を進めるための資料として利用されるだけでなく、郷土愛を涵養し、次代を担う人材を育てるための資料としても活用されることを願っています。

【販売窓口】宮本常一記念館(0820-78-2514) 1冊2,000円 A4判/本文262頁
