宮本常一記念館

学芸員ノート

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宮本常一と農業 その11 戦中戦後の活動

宮本研究|2026年3月17日|板垣優河

昭和20年代前半の活動

宮本が農業の技術や経営に関心を寄せ、それらの視察・指導に重点をおいて活動していたのは昭和20年代の前半、より具体的には昭和201945)年4月から昭和241949)年10月にかけてである。その直接のきっかけとなったのは、19454月に大阪府農務課嘱託になったことだった。そこで宮本は行政の立場から府下農村の実情を調査し、戦後も見据えた食料自給対策を講じるようになる。これは時代の要請に応えたものであり、「食生活の安定がなければ民衆の生活の仕合せは来ない」(宮本1977:312)という使命感に駆られて取り組んだものだった。

また、19457月に大阪堺の居宅で空襲を受けたことも、間接的要因としてではあるが大きかったと推察する。これにより、それまで民俗誌を作成するために蓄積していた調査資料や蔵書、書き溜めていた原稿の大半を失ってしまうからである。その喪失感を抑え込むために、民俗誌の作成から少し距離を置いて、農業に関する実務的な仕事、具体的レベルでの議論に重きをおくようになったと考える。

宮本は『民俗学の旅』のなかで、昭和20年代前半の世相にふれながら、人々がいかなる思いで生き、それを自らではどのように受けとめ、歩いてきたのかを語っている(宮本1978)。しかし、自らが足掛かりにしていた組織のことや、その内部での自らの役割、実務の内容・成果などについてはあまり多くを語っていない。『農業技術と経営の史的側面』(宮本常一著作集第19巻、宮本1975)と『食生活雑考』(同第24巻、宮本1977)に付された「あとがき」にはやや詳しく書かれているが、記憶違いと思われる箇所が散見する。

幸いなことに、昭和20年代前半は宮本が詳細に日記をつけていた時期であり、それによって彼の活動をある程度復元することができる。また、『生活学会報』第10号に掲載された「宮本常一年譜」も、この時期の活動を知るうえで参考になる(註1)。そこには次のように書かれている(日本生活学会編1978:63-64)。

昭和201945)年
「四月、大阪府知事の要請によって府の嘱託となり、生鮮野菜需給の対策をたてる。七月、空襲によって家、家財、書籍、調査資料一切を焼く。九月、戦災による帰農者をつれ北海道へゆく。道内をあるくこと一ケ月。十二月末退職」。

昭和211946)年
「一月、郷里にかえり百姓をすることにする。四月、農林省より委嘱をうけて食料増産対策のために農隙を利用して全国をあるくことになる。新自治協会の嘱託になる。[/]八月、東北各地をあるく。秋、渋沢敬三のお供をして京都・奈良・大阪・丹波・淡路・徳島・高松・三島・松山・門司・福岡・佐賀・熊本・鹿児島・大分などをあるく。[/]二男、三千夫生まれる。夭折」。

昭和221947)年
「農隙を利用して東北を主に全国各地をあるく。旅費の捻出のために各地で農業技術経営について講演。全国の篤農家たちと交わる」。

昭和231948)年
「一〇月、大阪府農地部嘱託となり、農地解放と農協育成の指導にあたる。ただし旅の途次大阪へ寄る機会におこなう」。

昭和241949)年
「六月、徳島県にてリンパ腺化膿のために危篤となる。ペニシリンにて助かる。[/]一〇月、農林省水産資料保存委員会調査員を嘱託せられ、主として瀬戸内海漁村の調査にあたる。一方農業指導の旅もつづく」。

昭和20年代前半の宮本の活動を振り返ることは、彼による農業論の形成過程を見るうえで重要な作業になる。と同時に、終戦前後の日本の世相をそのまま透視することにもつながる。それは、戦後80年を迎えた現代を考えるうえでも示唆に富む作業となるだろう。次回からは宮本の日記・年譜・著作等によって彼の活動を復元的に検討する。(つづく)

(註1)この年譜について、高松圭吉は「日本生活学会誌に出すために宮本先生自身に書いてもらった年譜(生活学会報第一〇号所載―前略、履歴書ザッと書きました。記憶によったのでわすれたり思いちがいもあると思いますがよろしく。おそくなりました。常拝高松大兄と添書がある)」と付記しており(高松1985:50)、宮本自身の手によるものと考えられる。内容に若干の誤りはあるが、大筋はこの通りである。

引用参考文献

・高松圭吉1985「補遺1」『日本観光文化研究所研究紀要』5、日本観光文化研究所、49-53
・日本生活学会編1978「宮本常一年譜」『生活学会報』第10号、日本生活学会、59-72
・宮本常一1975『農業技術と経営の史的側面』(宮本常一著作集第19巻)、未來社
・宮本常一1977『食生活雑考』(宮本常一著作集第24巻)、未來社
・宮本常一1978『民俗学の旅』、文藝春秋

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